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「訴訟があるさうで、面倒なことですな」
「どうだ。起きられるか」
対診に来てくれた練吉のことを気にかけているのだつた。
「いや、これから往診に行くところだ」
並んで立つと、いきなり
房一は又重たげな恰好で坂路を登つて行つた。下を見ると、心持阿弥陀あみだに被つた練吉のソフト帽が、もう小さく桑畑の間を走つているところだつた。彼は、練吉の気弱さうでもあり、又疳かんの強さうにも見える眉のあたりの色を、今ごろになつて急にはつきり思ひ出した。
と、小谷は人差指と中指を二本突き出して見せて、
彼らは家の間まの一つを「商人宿」にしている。ここも按摩が住んでいるのである。この「宗さん」という按摩は浄瑠璃屋の常連の一人で、尺八も吹く。木地屋から聞こえて来る尺八は宗さんのひまでいる証拠である。
「さうです」
房一の老父、道平が二三日前に倒れたのだつた。そして、今、練吉に対診を求めて来たのである。
徳次は房一から聞かれるまゝに子供の数を答へたり、それから又思ひついて水神淵へ出る近路のことを念入りに教へたりした。無我夢中に近い気持だつた。だが、その間にも彼はあの眩しげな目つきで、時々房一を眺めた。するうち彼には、自分にとつてはたゞ漠然と雲をつかむやうにしか思へない「年月」が房一の中にはつきり現れているのを感じた。それは医師高間房一だつた。この何かしら驚くべき変化の中には、徳次すら一役買つているやうに思はれた。
「何でもいゝから早くしてくれ。路をまちがへて大廻りしちやつたんだ」
「往診?ふむ、ふむ」