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    この云ひ分はいつでも何かあるごとに、練吉の口に上つた。正文の前でも云つた。何年かの間繰り返された練吉の云ひ分だづた。

    「ほう、ほんに!みんなある」

    「大きいかね」

    それは、やつぱり何となく「役所」臭かつた。

    房一は男の前膝部をたゝいた。脚気でもない。心臓は弱つていた。単音でなく、微弱な重音があるので弁膜症の気味があるとも診られた。呼吸器に異状はなかつた。一応の診察を終ると、房一は患者の顔から、胴体にかけて、熱心に眺めた。皮膚は弛緩して、生気がなかつた。だが、その極端な貧血と一般的な衰弱とは典型的な寄生虫の症状らしいことにさつきから気づいていた。

    「はゝ、知つているな。よし、よし何もいやしない」

    男は力なげに口をあけていた。

    「それあ、あつさりしていゝですな。こつちでは山車が生憎あいにくこはれて、満足なのは一つしかないんでね。あんまり淋しいからと云ふんで、こんな思ひつきをやらかしたらしいですがね」

    盛子は笑ふまいとしながら、こらへかねて真紅になり、そこにうつ伏しになつてしまつた。道平も釣りこまれて笑つた。だが、それは心持ひきつゝた痕跡の中に押しこまれたみたいになつた。彼が髯を落したのはそんなに悪戯気でやつたのではなかつたので、盛子の大げさな可笑しがりやうがいくらか気にさはつたのだ。で、彼の顔はすぐに老人らしい克明な生真面目さをとりもどし、房一の方を向いて、ゆつくり切り出した。

    と、房一は訊いた。

    共同風呂のまん中には「独鈷とっこの湯」の名前を生じた、大きい石の独鈷があります。半之丞はこの独鈷の前にちゃんと着物を袖そでだたみにし、遺書は側そばの下駄げたの鼻緒はなおに括くくりつけてあったと言うことです。何しろ死体は裸のまま、温泉の中に浮いていたのですから、若しその遺書でもなかったとすれば、恐らくは自殺かどうかさえわからずにしまったことでしょう。わたしの宿の主人の話によれば、半之丞がこう言う死にかたをしたのは苟いやしくも「た」の字病院へ売り渡した以上、解剖かいぼう用の体に傷をつけてはすまないと思ったからに違いないそうです。もっともこれがあの町の定説と言う訣わけではありません。口の悪い「ふ」の字軒の主人などは、「何、すむやすまねえじゃねえ。あれは体に傷をつけては二百両りょうにならねえと思ったんです。」と大いに異説を唱となえていました。

    男は、びつくりしたやうに房一を見た。

    この分では永くなりさうだと思つて、房一が腰を浮かし気味にすると、

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