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こんな風でありながら、盛子は小ざつぱりと身ぎれいで、いつの間にそんな雑用を片づけるのかと思はれるほどだつた。いくらか背高ではあつたが、その身体つきにはふしぎな柔味が感じられた。それは娘の頃のまとまりのない柔さではなく、成熟した靱しなやかな柔味だつた。彼女自身はさういふ結婚後の肉体上の変化に気づかなかつたが、それは無意識のうちに感じている房一との結婚生活の幸福さを意味するものだつた。
人間というものは、これ以上の快適をむさぼる必要はないということを考えたりする。人生はこれぐらいのものだという嘲笑的なものではない。もっと充足し、ひたりきった楽天気分だ。なんのために生きるか、なんのために仕事をするか、なんのために入浴するか、そんなセンサクを失った充足感において、こうしていることのあたたかさ、なつかしさを感じることがある。ここに宇宙あり、と大袈裟に云っても、とりわけ変とも思わないだろう。別に詐術ではない。種と仕掛はハッキリしている。一定の温度とその持続だけのことなのである。
これらの、過去一年あまりの中に或ひはひよつこりとした凸起をなし、或ひはまはりをぼかしたまゝ遠のいているさまざまな出来事のうちで、たつた一つのことが抜け出し、それは一向に過ぎたことにならないで依然としてつゞき、絶えず現在として変化し、房一に或る影響と関心を与へているものがあつた。たつた一つ――それは盛子の妊娠であつた。
「どこだ、どこだ。もう消えたのか」
「あれですかね、やつぱり自分で歩かなくちやいけませんかね」
それが堂本だつた。
まだぎこちなく坐つて伏目に固くなつている堂本の様子から、自分が誰かといふことは判つてはいるのだなと思つた房一は、
小谷は酔つて来たのだらう、何度も同じ手真似をして見せた。
「いや、私はすぐこの近くで医者をしとる、高間といふ者ですが」
それは何となく不思議なことだつた。家にいたところで別に賑かに喋しやべり立てるわけでもなし、むしろ年中窮屈さうに不服ありげに無口で固い顔をしている茂子が、今この家にいないと知つただけで、こんなに伸び伸びし、自分がさう思ふだけでなく、そこらにある家具までが何となく気楽さうに見えるとは!
盛子の妊娠を耳にしたのはまだ病気前のことであつた。だが、間もなく寝こんでしまつたので、ぢかにお祝ひを云ふ機会がなかつたのである。盛子が見舞ひに来たとき、彼はそれを口に出さうとして焦あせつた。病気以来、思ふことが口に出せないで、彼は別人のやうに気短かに、癇癪持になつていた。これも亦驚くべき変化だつた。以前の稍頓狂な感じのした大きな眼と、寛厚さを現す眼尻に刻まれた特長のある深い皺とは、その外見上の旧態を保つてはいたものの、そこには何だか平たくなつて、乾いて、苛立ち易い頑固な老人がちやうど水面下の石だの杭だのを上からのぞきこんだ時のやうに、一種沈んだ退屈さの中に横はつていた。そして、彼が物を云はうとして口をあくあくさせるところは、その自由のきかない退屈さの表面に浮び出ようとしているかのやうな印象を与へた。彼ははじめから房一を、自分の息子ではあるが、息子以上の者として扱つていたので、盛子に対しても多少他人行儀な遠慮深さを持つていた。しかし、それをすぐ目の前にしながらあれほど気にかけていたお祝ひを口にできないことは、口にしたつもりでも相手に通じないことは、病気のために今や一種の頑固に変つた律気さが許さなかつた。彼は殆ど癇癪を破裂しさうになり、盛子がびつくりしたのを目にとめると、やつとこさあの遠慮深さを思ひ出し、口にするのをあきらめたのだつた。それ以来、彼は今日あることを、盛子に自分の口からお祝ひを述べるといふことを丹念に考へていたのである。そればかりではない、息子とは云へ、房一には病中あんなに世話になつたし、セルのお礼を云はなくてはならないし、それから、それから――と、あれも云ひこれも云ひするために、河場からこゝまで歩いて来るといふことは、彼にとつてはまさに大事業だつたのである。おまけに途中には渡船場さへあつた!今や、大願成就である。少からぬ喜悦のために、彼の半分ひきつゝた顔はゆるみ、そこに、寛厚で大まかだつた道平老人が何ヶ月振りかでふたゝび生れ出たやうな観があつた。
途中で練吉と別れた房一は、道平の病気のために手の廻りかねていた患家先きへ二三軒立ち寄つているうちに、案外時間を喰つて、帰途についた時はもう暮れ方であつた。
「さうか、――そんなに何もかも、こつちでして貰つてもえゝか」